最近行ってきたところ 聖林寺・興福寺・笠の蕎麦畑

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脳みその老化防止のために、自らに義務付けている毎週末のブログの更新を、先週は怠ってしまった。というよりは忘れていた。気がついたら、水曜日になっていたので、まあ、一回ぐらい飛ばしてもいいか、別に更新を心待ちにしている方がいらっしゃるわけもないし(笑)などと自分を甘えさせてしまった。

別に忙しい週末を過ごしていたわけではない。週末ごとにあちらこちらにお出かけはしている。

例えば先々週。これは厳密には週末とは言えないが敬老の日で休みだった9月19日。

聖林寺である。伝承では和銅5年(712)に多武峰妙楽寺現在の談山神社の別院として藤原鎌足の長子である定慧じょうえが創建したというこのお寺のご本尊は、石造りの巨大なお地蔵さんで、安産のご加護著しい。我が長男の出産のときも妻はここのお守りを頂いて、無事出産し、長男もすくすく育ち、その身長は6尺を超える身長を持つ私の背丈を遥かに超えるに至った。誠にご霊験あらたかなお寺である。

そしてこのお寺で最も有名なのが、観音様。

写真は聖林寺本堂のお地蔵さんの右横に安置されたフェノロサの寄進によるところの厨子に見本として飾られている写真で本物ではない。フェノロサがこの観音様を激賞し広く知られるようになった知られているが、その際に、この厨子はフェノロサから寄進されたものだそうだ。そこに、厨子だけでは何なので、かつてを忍ばせるよう写真を飾っているのであろう。現在、ご本体の方は、本堂の左手の斜面の上の観音堂に安置されている。

この観音様は、もともとこの聖林寺にいらっしゃったわけではない。もともとは大神神社の神護寺である大御輪寺現在の大神神社若宮社にいらっしゃったそうだが、明治初期の廃仏毀釈の際のゴタゴタでつれない目に合いそうなところを、この聖林寺にお引越しをすることで今に至ったのだそうである。

昭和の30年代に現在の位置に観音堂何でも初の鉄筋コンクリート製の観音堂らしいが建てられ、それからはそこにお住いになられているという。ただ、その観音堂も歳月が経ち、結構な傷みが生じ、加えてかくがごとき貴重な文化財を保管する施設としては耐震性に不安があるとのことで、観音堂の改修が企画された。

今流行のクラウドファウンディングだけではなく、観音様ご自身も自らの住まいの修復のためはと、東京奈良市の方にご出張し、自らも寄進今流行の献金じゃあないよを募り、この8月に改修相成った観音堂にようやくお鎮まりくださった。以下に紹介するのは東京へのご出張の際の公式サイトに紹介された、この御仏にまつわる動画集である。よろしければご覧いただきたい。

特別展「国宝 聖林寺十一面観音―三輪山信仰のみほとけ」YouTube動画再生リスト

この観音様は、以前の観音堂の中で、またこの度の奈良へのご出張の際にお愛しているのだが、新しくなった観音堂が見たいと思い、この日でかけていった。静かに雨の降る昼下がりであった。

駐車場に車を止め、少しだけ急な坂を登るとささやかな山門がある。受付を経て、本堂に入る。すぐに巨大な石造りのお地蔵さんがお迎えくださる。子どもたちの無事の成長を報告したあと、上の写真の厨子を拝見し、その後観音堂に向かう。

前に来たとき観音堂がどうであったか覚えていないので、外観がどう変わったかは覚えていない。けれども、その内部は明らかに以前はこうではなかったとわかるだけモダンな雰囲気の漂うものとなっていた。そして、それは静かで高貴な…この気高い奈良時代後期の御仏がお鎮まりになるにはまたとない空間であった。

続いて先週は…

ご存知、興福寺の五重塔。なんでも近々改修工事が始まりその勇姿がしばらくの間拝見できなくなるのだそうだが、その前に普段は公開していないその初層の内陣が公開されており、これはまたとない機会だと思いでかけていった。

その内部には心柱を囲むように4人の如来様が東西南北を見守ってくださっている。

入り口は西側の扉。まず西に向かってお迎えくださるのは阿弥陀様。そこから北面に周り弥勒様、東を向いているのは、薬師様。そして南面していらっしゃるお釈迦様。順々にお祈りを捧げて…真に満足した気持ちで私は堂を出た。どの仏様も…とても優しいお顔をしていらっしゃった。

そして今日。

どこに焦点があっているが不明の写真であること、申し訳ない限りであるが、蕎麦畑であることはわかっていただけるかと思う。我が桜井市の山間部、笠というところにある。

龍王山、巻向山、初瀬山、鳥見山、貝ヶ平山などの大和平野の東側の名だたる山に囲まれた高原が笠で、1992年から国営総合農地開発事業で広がった農地をソバ畑として活用するようになったという。毎年この季節になると、この白く可愛らしい花を見に多くの写真フアンが足を運んでいる。

私は写真フアンというわけではないが、この可憐な花が好きで毎年のようにこの山間後を尋ねることにしている。


この記事をアップした後、次のようなサイトを発見した。

「神々しい威厳と、人間のものならぬ美しさとが現わされている」と哲学者・和辻哲郎が著書『古寺巡礼』に記した聖林寺(奈良県桜井市)の国宝・十一面観音菩薩立像。約1300年前に造られた天平彫刻の至宝です。 昨年(2021年)6
新しい観音堂の内部もある程度確認できる写真が掲載されているので、合わせて紹介しておく。

コメント

  1. 薄氷堂 より:

    > 明治初期の廃仏毀釈

     当時は仏像がずいぶん乱暴に扱われように聞いていますが、信仰の有無にかかわらず、美術的価値のあるものを粗末にするのは愚かな行為だと思います。貴重な文化遺産なんですから。

    > この可憐な花が好きで

     ソバ畑の景色、とてもすばらしいですね。わが家のタニソバとはえらいちがいです(笑)。

  2. 三友亭主人 より:

    薄氷堂さんへ
    >愚かな行為だと思います

    廃仏毀釈は明治政府の神仏分離の方向性を自分たちに都合よく理解した神官たちの「あおり」に先導された人々によるものだなどと聞いていますが、それにしても一つの方向に見境もなく動き出したら止まらなくなるこの国の人々の恐ろしさを物語りますが、この傾向は今だって変わりはしません。

    気をつけねば…